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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

Pumpkin cake

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ただいまコメントを受けつけておりません。

Pumpkin cake



ある金曜日の晩、
夕食後にカボチャのケーキがでた。
当然、料理担当のユーリの作であるだろうと、
疑いもせずに食べたが、
どうやら、当ギルド所属の弟子に、
娘を預けるという名目で居候している、
魔術師が作ったものだったらしい。
それを知ったポールが、
目を輝かせ、尊敬を込めた声で言った。
「へー カオスさん、料理も得意なんですね!」
何でも出来るんだなぁとの無邪気な感嘆に、
当の魔術師はどうでも良さそうに首を振った。
「ははは。生憎だが、俺ゃ料理ほど嫌いなものは、
 そう、ないんだよ。」
乾いた返事に新米騎士は口を尖らせる。
「えー でも、ケーキ、作れるんじゃないですか!」
日々の糧として口を汚すだけの、
粗末な食事ならばまだしも、自分はケーキなど作れない。
必要最低限以上のことが出来るのは、
やはり凄いのではないかとの意見を、
カオスは軽くはねのけた。
「作れるのと好きなの、得意なのは、
 また異なるものなんだよ、ポール君。」
「えー」
「でも、普通に美味いよ、これ。」
「あくまで普通で、特別ではないけどな。」
頬を膨らませて納得いかない様子の新米騎士の後ろで、
ノエルとユッシの幼なじみコンビが口を挟み、
そのまま軽い言い争いに発展した。
「どうしてお前はそう言うこと言うかな、ユッシ。」
「じゃあ、ノルはこれ、凄く美味いと思うか?」
「そう言う問題じゃなくてさー
 後、名前、短縮するな。」
いつも通り、
人の気持ちなど考えないマイペースな幼なじみを、
ノエルが窘めるが、全く効果がないのもいつも通りだ。
幸い、悪魔という別名を持つはずの魔術師は、
特に気にした様子もなく白魔導士に賛同した。
「甘みも足らないしなー
 あと、バターと卵、入れ忘れた。」
「いい加減だなあ。」
「適当に作ったしなあ。ああ、小麦粉も入れなかった。」
呆れた顔をしたユッシに、
そんな真面目に作ると思うかとカオスは肩を竦めた。
腹を立てたのは彼の愛娘、キィで、
スプーンを振り回しながら、白魔導士を怒る。
「これ、きいたんの! 
 もんくいう、ゆっちんはたべなくていい!」
「いいじゃん。ちょっとぐらい、分けてくれても。」
論点が若干ズレているユッシの返事を無視して、
ポールが首を傾げた。
「ケーキって、そんなに適当に作れるものなんですか?」
時折、ユーリが作っているのを見ている彼としては、
やはり納得がいかないらしい。
確かにお菓子づくりは材料を計ったり、
卵白を泡立てたり、それなりの作業が必要だ。
不思議がる新米騎士に軽く首を振り、魔術師は言う。
「こりゃ、材料をミキサーにぶち込んで、
 滑らかになったら、型に入れて焼くだけだからな。
 普段、ユーリが作っているのと比べちゃ駄目だ。」
だから、味にも期待するなと、
作った当人に言われてしまい、皆、顔を見合わせた。
そう言われると、ケーキと言うよりは、
カボチャを甘く煮て固めて焼いたものという方が、
正しいかもしれないとも、思えてくる。
ただ、少なくとも小さい人は気に入ったようで、
ニコニコしながら、
スプーンで上手にケーキを口に運んでいる。
あっと言う間に食べ終わってしまい、
早速皿を持ち上げて、次を催促した。
「おかわりー」
「はいよ。」
ノエルがもう一切れ、よそってやろうと、
ケーキが乗っていた皿を見やったところで、
それまで大人しく黙っていたジョーカーは席を立った。
「あれ? もう、ない?」
おい、ユッシ、お前かと振り向いたノエルに、
幼なじみと後輩が揃って首を振る。
「うちじゃないぞ。」
「オレでも、ありませんよ。」
再び三人は顔を見合わせ、同時に叫んだ。
『ジョカさん! 
 また、きいたんの分まで食べちゃったの!!』
その時アサシンは既に、
そそくさと階段を上り始めたところだった。
「なんで、きいたんの分まで食べちゃうのさ!」
「大人として、恥ずかしくないんですか!」
「そこまで美味いもんでもなかっただろ!」
「ユッシ、そう言う問題じゃない上に、失礼だぞ!」
口々にジョーカー、一部ユッシを責め立てながら、
三人が階段を駆け上がるのを眺め、
残されたキィは、悲しげに言った。
「きいたん、もっとたべたかった!」
「今度また、もっと美味いの作ってやるから。
 それに食べ過ぎは太るぞ。今度な。」
泣き出しそうな愛娘を抱き上げて、
くるりと回すように背に負うと、
カオスは机と皿を片づけた。

それから一週間が経ち、
また、夕食後にカボチャのケーキがでた。
「師匠、また作ったの?」
「うん。紅玲も食うか?」
怪訝そうな顔をして訪ねた女弟子に、
カオスが切り分けた一切れを乗せて皿を渡す。
同じように皿を受け取ったユーリが、
少し驚いた声を上げた。
「あら、美味しい。
 カオスさん、これ、どうやって作るの?」
「蒸したカボチャの皮剥いたのとバターと砂糖と卵、
 牛乳をミキサーにぶち込んで、
 全部混ざったら小麦粉混ぜて、型に入れて焼く。」
「分量は?」
旺盛な好奇心に問われ、魔術師は困った顔をした。
「適当に入れたから、計ってない。」
「やぁだ。それじゃ、
 また、同じの作れないじゃない。」
「あ、中に白いの入ってる。
 なにこれ、チーズ?」
料理は科学、分量は大切よと怒るユーリに、
すみませんと、大人しくカオスが怒られるのを余所に、
紅玲はのんきな声を上げ、
師匠が叱られているのをあっさりと流した。
そこに上の階からアルファとスタンが降りてくる。
「あ、ケーキ・・・って、もう、ないんだね。
 もっと、大きいの作ればいいのに。」
「んだ。」
前回食べ損ね、今回も分け前にありつけなかった、
バードと技術士は残念そうにため息をついた。
「ごめんね、アルファ君、スーさん。」
「元々買った型が小さかったからねえ。」
ないものは分けられない。
先に皿を受け取ってしまったユーリが、
今度、私が大きいのを作るからと謝り、
何処吹く風で紅玲はフォークを再び口に運んだ。
「きいたんにねだられて、
 小さいケーキ型、買わされたんだって。」
きいたんは自分と同じ、小さいのが好きだからと、
紅玲が言うとおり、魔術師の愛娘は、
にこにことスプーンを動かしていた。
「ちいさいのはきいたんの。
 だから、きいたんのケーキはちいさいの。」
突然、その動きがぴたりと止まる。
不満げに眉をしかめ、スプーンでケーキを突っつくのに、
行儀が悪いと、父親も眉間にしわを寄せる。
「なんだ、どうした?」
良くないことをしているのは、
幼くても判っているらしく、
キィはモジモジしながら、小さな声で言った。
「このしろいの、たべたくない。」
それを聞いて、ますますカオスは眉をしかめた。
「なんで? チーズだぞ?
 お前、チーズ大好きじゃん。」
彼が不思議がるのも当然。
キィはチーズ、牛乳、特にヨーグルトと、
乳製品が大好物のはずなのに、
これは食べたくないとはどういうことか。
それでも、小さい人はきっぱりと言った。
「でも、これはおいちくない。」
「ははは、こやつめ。」
正面から拒否されて、魔術師が口の端を歪めて笑う。
何が気に入らない? ちっぱい! すっぱい?
くそう、レモン入れすぎたかと、
親子が揉めるのを見ながら、
賢者の隣でケーキをつついていたジョーカーは、
確かにこれはレモンの味がするなと思った。
「わざわざクリームチーズ、買ってきたんですか?
 適当って言ってた割に、手が込んできましたな。」
専用の材料を買い、
風味付けにレモンまで混ぜる芸の細かさに、
料理嫌いなはずのカオスをからかうと、
怪訝な顔をされる。
「いや? これはカボチャ蒸す間に作ったんだ。」
「え? チーズって作れるの!?」
相当驚いたのか、アルファが上の階に聞こえるほど、
大きな声を出したが、カオスは動じることもなく、
真面目な顔で頷いた。
「ああ、簡単に作れるぞ。
 もしかしたら、お前にも作れるかもしれない。」
「ちょっと! 
 簡単なら、もしかしなくてもいいじゃない!」
魔術師に真顔でバカにされ、
バードがますます大声を出す。
紅玲とユーリは困った顔を見合わせ、スタンが口を挟む。
「おらにも、作れっか?」
「ああ。きいこにも作れるぐらい簡単だからな。
 今度一緒に作ってみるか?」
誘われて、嬉しげにスタンは肯いたが、
幼児以下と表されたアルファは地団太踏んで悔しがった。
「きいたんに作れるのに、
 何でボクは、もしかしないと作れないのさ!」
「ぎゃあぎゃあ、うるせぇぞ!」
「夜中なんだから、静かにしろ。」
余りに騒がしいので、
二階から鉄火とクルトが揃って降りてきて、
注意に入った。
この二人が出てくると、お説教が始まりかねない。
三十六計逃げるにしかずと、ジョーカーは席を立った。

「ケーキぐらいで、何を騒いでやがるんだ。」
「だって、チーズ入ってるんだよ! それも自家製の!」
呆れ顔の鉄火に叱られて、
ぐらいじゃない、ことは重要だと、
アルファは怒っていた理由を、自ら間違った。
「また、作ってもらえばいいじゃないか。」
クルトにも宥められるが、
アルファは大人げなく口を尖らせる。
「そんなこと言ったって、
 この前も食べられなかったんだよ!」
彼はギルドマスターに次ぐ、年長者のはずなのに。
どちらが年下だか判らないとため息をつき、
ジョーカーは去り際にフォローを入れた。
「今回は兎も角、そんなに大騒ぎするほど、
 前のは美味しくなかったですよ。
 普通のカボチャって感じだったし。」
「それでも食べたかったの!」
横をすり抜けるアサシンに噛みついて、
バードはふと、気がついた。
「前のはって、前も食べたのに今日も食べたの?
 ずるいよ、ジョカ君ばっかり!!」
「デカい声出すなってば、アルファ!」
「ジョーカー! 
 ちょっとは周りに配慮しろって言ってるだろ!」
歯ぎしりするアルファをクルトが押さえ、
鉄火がジョーカーを怒鳴るのを眺めながら、
カオスは呟いた。
「何、言ってるんだ、鉄火は。
 ジョカが周りに配慮なんかする訳ないじゃん。」
あいつもまだまだ甘いと頭をかきながら愛娘を見やれば、
スタンと残った皿の中身に関する交渉中だった。
「きいこ、食べねえなら、それ、くれ。」
「しろいのはたべないけど、きいろいのはたべんの。」
「やめろ、スタン。そりゃ、親の仕事だ。」
また作ってやるからとスタンを止めはしたものの、
残飯処理ではなく、偶には自分も一人前が欲しいと、
カオスは肩を落とした。
それを紅玲が慰める。
「まあ、今度大きいの、
 ユーリさんが焼いてくれるでしょ。」
了承なく勝手なことを言う友人に、
曖昧にユーリは頷いた。
「いいけど、ミキサーでとなると、
 ずいぶん時間が掛かりそうねえ。うちの小さいし。」
この機会に大きいの、買おうか? 
どうせなら、スライサー機能も欲しいわねえと、
二人は話しだし、邪魔をしないよう、
黙ってカオスは皿と机を片づけた。

その5日後の昼食後、
またまた、カボチャのケーキが出た。
「甘いけど、クドくないって言うか、
 さっぱりして美味しいね!」
「なんていうか、しっとりしてますな!」
二日酔いで、昼食をパスしたはずのギルドマスターと、
外通いの白魔導士が嬉しげに感想を述べた。
「こっちのケーキってさー
 どれも砂糖の固まりみたいに甘いじゃん?
 僕はやっぱり、これぐらいがいいわー」
一端の通ぶって、フェイヤーが言うのに、
自国のケーキしか知らないヒゲは首を傾げる。
「フェイさんのお国のケーキは、甘くないんですけ?」
「うーん。国にいた頃はあんまり食べなかったから、
 よく覚えてないけど、
 その後、引っ越したヤハンのケーキが、
 丁度このくらいかなあ。」
「ほっほー なるほどねえ。
 ワシは美味しければ何でもいいですが!」
「それを言っちゃ、おしまいだよ、ヒゲさん・・・」
ギルマスと自分の相方の、
身も蓋もない会話を聞きながら、
ジョーカーは自分の分を口に運んだ。
確かに前のものより、甘さが控えめのような気がする。
特に挟まれたチーズが前と違う。至極さっぱりしている。
「カオスさん、チーズ変えたんですか?」
何の気なしに訪ねると、魔術師は肩を竦めた。
「それ、チーズじゃなくて、ヨーグルトな。」
「えー? そうなの?」
先日のアルファではないが、大きな声を出してしまう。
「ヨーグルトの割には堅いって言うか、
 しっかりしてるねえ。」
不思議そうにケーキを突っつくギルマスに、
魔術師は呆れた顔をする。
「そのまま入れるわけないだろ。
 ちゃんと水、切ってあるよ。」
「ヨーグルトって水切ると、こんなになるんだー」
ほえーっと男三人口を開けて感心し、
改めて食べてみると、確かにヨーグルトっぽい味がする。
水を切るだけで、こうも食感が替わるとは知らなかった。
「この間のチーズといい、
 カオスさんは変なことを知ってますな。」
流石とジョーカーが誉めるのを、
当人は鼻で笑い飛ばした。
「無駄に長く生きてると、覚えることも多いからな。」
そう言う魔術師は自分と同じぐらいに見えるが、
本当は幾つなのだろうか。
漠然と疑問を抱えたジョーカーを押し退けて、
ヒゲが手を挙げて質問した。
「じゃあ、フェイさんは、
 何でいい年なのに、何にも知らないんですか!?」
「酒ばっか飲んでるからだろ。」
「ちょ、直球の嫌み、止めようか!
 それに何にも知らないと言われるほどでもないよ!」
自分の相方と魔術師の弟子の身内叩きタッグは、
双方回復・防御を主とする白魔導士のくせに、
凶悪なことで有名だが、弟子が師匠に替わっても、
威力は変わらないらしい。
突如開始された連携攻撃が直撃し、
ギルマスが悲鳴を上げたのに同情しながら、
アサシンはそっと席を立ち、流しに皿を運んだ。
「現状から目を背け、アルコールの力を借りたって、
 何時までも逃げられないぞ。」
「戦わなきゃ、現実と!」
その間も真顔でカオスが忠告し、ヒゲが励ますが、
どちらも好意の欠片もない。
「なんでそんな話になってるのさ!
 僕は純粋にお酒が好きなだけです!」
当然、勝手に話を作られたフェイヤーは怒るが、
それが通じる相手ではなかった。
「見ろ、きいこ。
 汚い大人が事実をねじ曲げる典型的な例だ。」
ギルマスを指差し、魔術師がせせ笑えば、
その愛娘の目を白魔導士がふさぐ。
「みちゃいけません! 
 きいたんはこんな汚れた大人、みちゃいけません!!」
「止めてよ、君たち!!
 ただでさえ、きいたんは最近僕のこと嫌いなのに!」
これ以上、自分の印象を悪くしないでくれ。
そう、フェイヤーは懇願したが、
にべもなく取り下げられた。
「酒臭いからだろ。」
「正に自業自得ですな!」
「そりゃ、そうなんだけどwwwwwwww」
ボクも、普段こんな風なのかな。
カオスとヒゲにボコボコ叩かれるフェイヤーに、
己の姿を見いだしたジョーカーは嘆息した。
皿を水に漬け終わった戻りついでに、キィに話しかける。
「きいたん、お父さん達うるさいから、
 お散歩に行こうか?」
腹ごなし代わりに、遊んであげようと誘うが、
幼児は冷たく首を振った。
「ジョカしゃんと、ふたりでお外いったらダメって、
 テツお兄ちゃんがいってたから、やだ。」
「ちょwwwwなんですか、それ!」
何時の間にそんな禁止令がと驚く暇もなく、
小さい人は容赦なく続けた。
「ユーリお姉ちゃんも、クレイお姉ちゃんも、
 ポールくんもいってた。」
「ポール君までwwwwなにそれ酷いwwwwwww」
突如判明した周囲からの悲しい評価に、
ジョーカーが悲鳴を上げると、
即座にフェイヤーの叱咤が飛ぶ。
「ジョカ君! きいたんを怒鳴らないの!」
「きいたんに暴言吐くとか、本当にありえん!」
ヒゲもギルマスに追従し、なんて大人げないと怒る。
態度を変えた二人に、ジョーカーは叫んだ。
「ちょっと、フェイさん、
 堂々と叩きの矛先をボクに擦らないでくださいよ!」
非難の標的をメンバーにすり替えるなど、
全く、ギルマスにあるまじき所行だが、時すでに遅し。
「こんな小さい子を怒鳴るなんて! 見損なったよ!」
「本当、最低だな、ジョカ!!」
「あんたらだけには言われたくないですwwwwwww」
ここぞとばかり大騒ぎするギルマスと白魔導士に、
怒ったアサシンは踊りかかった。
くだらない叩き合いを始めた三人を見て、
幼児は不思議そうにつぶやいた。
「なんで、けんかするんだー?」
「喧嘩じゃないの。遊んでるの。」
そう、教える父親の声は如何にもやる気がなかった。
目をパチクリさせているキィの口を拭いてやり、
椅子から降ろすと、二階の姉ちゃん達の所へ行くよう、
言いつける。
娘が従うのを見送ると、
争う三人を無視してカオスは皿を片づけた。

それから3日後。
ジョーカーが外から帰ってくると、
神妙な顔でキィとスタンが、
コップの中身をかき混ぜていた。
「なにしてんの? ホットミルク?」
湯気を立てる牛乳に、
砂糖でも溶かしているのかと思ったが、違うらしい。
少しずつ、レモン汁を混ぜているようだ。
ぐるぐるかき混ぜては、レモンを少し。
かき混ぜては少しを繰り返す。
黙って見ていると、段々固まりが浮いてきて、
終には白い固まりと水に分かれた。
「これを茶こしで、濾します。」
言いながら、スタンが取り出した茶こしとボールを使い、
濁った液体から白い部分だけ取り出す。
なんだか、不思議な固まりができた。
「これが、カッテージチーズ、もどき。」
「もどきって何さ。」
「カオスさが、そう、言ってた。」
付け足された不穏な言葉に、つっこんでみたが、
いつも通り無愛想に答えるスタンは、
何を考えているのかよく判らない。
彼は本当に見た目で損をしている。
表情の少ない技術士の無骨な態度は、
今に始まったことではないので、深くとらず、
先日話題になった自家製チーズの作り方を、
実践しているのだと納得する事にした。
黙ってみていると、
より分けられたチーズはコップに戻され、
今度こそ、砂糖が入れられた。
「おいちいー!」
「ん。」
この前、酷く嫌ったのはどこへやら。
たいそう気に入った様子でキィが出来立てのチーズを、
口に運ぶのを見て、スタンも満足そうに頷く。
人が喜んでに食べていると、
美味しそうに見えるものである。
「ねえ、それ、ちょっとボクにもちょうだい。」
好奇心に誘われて、強請ってみたが、
冷たく首を横に振られた。
「やだ。これ、きいたんの。」
「いいじゃん、ちょっとぐらい。
 一口で良いからさー」
手を合わせて頼むジョーカーから身を引き、
キィは自分のコップを抱え込んだ。
代わりにスタンが別のコップをつきだす。
「・・・何これ?」
「チーズとった、残りのほう。」
これなら分けてやると渡されたコップの中には、
白い粒粒が浮いた、薄黄色い液体が入っていた。
「・・・のめるの?」 
「思ったよりは、おいしい。」
不安の入り交じったジョーカーの問いに返された、
スタンの答えは、非常に心許ないものであったが、
とりあえず、アサシンは口に含んでみることにした。
表現しづらい味が口の中に広がる。
若干酸っぱいのは、レモンだろう。
濾し損ねたチーズが口に残る。
確かに不味いと言いきるほどでもないが、
美味しいともいえない。
元の牛乳とかけ離れているばかりか、
簡単によい悪いと判別することすら難しい味に、
ジョーカーは唸った。
それを余所に、どこから取り出したのか、
スタンも白いものを口に運ぶ。
「ねえ、それは何よ?」
「ヨーグルトの、水、切ったの。」
作っていたのはチーズだけではなかったらしい。
「ふーん。口直しに、ちょっと頂戴。」
ヨーグルトでも良いやと、ジョーカーが手を出すと、
スタンは、また、別のコップを差し出した。
「・・・これは?」
「ヨーグルトから、出た水。」
先ほどと同じように、
白い粒粒で若干濁った液体を眺め、
アサシンはこれも少し飲んでみた。
「あー これはヨーグルトだわー」
先ほどと異なり、慣れた味だが、
やはりガブガブ飲むようなものではないし、
どう考えても白い部分の方が欲しい。
しかし、キィもスタンも自分から顔を背けている以上、
分けてくれるつもりはないらしい。
「いいよ、もー 自分で作るから。」
冷たいことだとぶつぶつ文句を言いながら、
ジョーカーは腰を上げた。
「温かいミルクと、レモンがあればいいんだっけ?
 牛乳温めるのが面倒だなあ。
 冷たいのじゃ、ダメなのかな?」
そもそも、何故、レモンを入れると固まるのだろう。
常識として疑問すら感じていなかったことを口にすると、
キィがしたり顔をした。
「にゅうにゅうは、ほとんどお水だけど、
 ころいどっていう小さいつぶつぶが、
 たくさん浮いているから、白くみえるんだよー
 ころいどの80ぱーせんとは、
 タンパクせいカゼインなんだよー
 カゼインはミセルこうぞうっていうのをつくって、
 電気のちからでばらばらになってるんだよー
 でも、レモンを入れてさんせいにすると、
 電気がへっちゃうから、
 ミセルこうぞうがこわれて、くっつくんだよー
 あっためるのは、
 かがくはんのうをうながすためなんだよー」
「カオスさーん、きいたんがまた、変なこと言ってるー」
時々、うちの幼児は知りすぎている。
その場にいない父親に向かって文句を言うと、
二階から怒鳴り声に近い返事があった。
「うるさい! 今、忙しい!」
一体、何をしているのかと思ったら、
両手に皿を携えて、カオスが降りてきた。
それについて、同じく二階にいたらしい、
敦と祀も降りてくる。
「おー ジョカ、おかえりー」
「何、騒いでるんすか。」
大層憤慨した様子の魔術師が気になったが、
どこ吹く風で暢気に話しかけて来た二人に、
アサシンは早速言いつけた。
「だって、きいたんのくせに、コロイドとか、
 化学反応とか言うんだよー」
レモンを入れるとなぜ牛乳が固まるのかを、
科学的に説明するには若すぎないか。
ジョーカーの文句に、祀が頷いた。
「ああ、そりゃ、塩析っていうらしいっすよ。」
「そうじゃなくてさー」
飄々と論点をずらされて、
ジョーカーがますます頬を膨らませると、
敦が肩をすくめた。
「きいこは大人総出であれこれ吹き込まれてるからのー」
言ってしまえば、
当ギルドのメンバー全員が教師みたいなものだ。
それぞれが英才教育のつもりで色々教えるのだから、
年並外れたことも覚えるだろう。
「もー クレイさんも、ユーリさんも、
 変なことばっかり教えるんだからー」
教えるのは花や動物の名前程度に留めてくれと、
ジョーカーが呆れると、祀が首を振った。
「それを言うなら、ユッシさんでしょう。」
先日、白魔導士が簡単な呪文を、
教え込もうとしていたらしい。
「それってどうなの。
 やばいんじゃないの、法的にも。」
「ものが白魔法っすから滅多なことはねえとは、
 思いますが。」
白魔法に直接攻撃を意図するものは少ないが、
魔法の危険性を理解できない子供が、
安易に使用する危険を防ぐため、
未就学児への魔術指導は禁止されているはずだ。
そうではなくても、親が親だけに、
色々と危険な臭いがする。
ジョーカーと祀がそろって腕を組み、
唸ったところで、気まずそうに敦が呟いた。
「拳の握り方教えたんは、あかんかったやろか・・・」
それを肯定するように、小さい人が反応する。
「パンチするときは、おとうさんゆびはうちがわで、
 わきはぎゅってしめるんだよー」
スプーンを握りしめたまま、
しゅっしゅっと拳を振り回す幼児の姿は、
無言の重圧を敦に集めた。
気まずい雰囲気を打ち消すように、スタンが言う。
「アルファと、笛の吹き方、教えたのは大丈夫。」
楽器の練習は問題ないはずと彼は頷いたが、
カオスが眉間にしわを寄せ、口元を歪めた。
「ピーコーピーコー 
 一時期やたらうるさかったのは、お前等の仕業か。」
あまり大丈夫ではなかったらしい。

再び、キィ以外が黙ってしまったが、
すぐにカオスが自らの苦情を含めて一蹴した。
「まあ、ここの連中以外にも、
 色々吹き込まれてっから、しゃあねえな。」
やれやれと一人諦めた様子で、
洗い場の食器類を片づけ始めたのを機に、
この話題は終了となった。
今更牛乳を温める気にもならず、
ジョーカーが席に戻ると祀と敦もそれに習った。
キィが食べているものに興味を示し、敦が聞く。
「きいこ、なにたべてるん?」
「ちーず。おいちいよ。
 あい、どうじょ。」
頼まれてもいないのに、チーズを差し出すキィに、
ジョーカーは怒った。
「ちょっと! ボクにはくれなかったのに、
 何でアツシ君にはあげるのさ!」
これは差別! 歴とした差別ですと、
小さな子供相手に憤るジョーカーを祀が嘲る。
「なに、大騒ぎしてるんすか、あんたは。」
子供のすることだと窘められても、
アサシンは止まらない。
「そりゃ、子供のすることかもしれないけどさ、
 こんな年から、人を見るってどうなの?」
子供だからこそ素直なのかもしれないが、
相手によって露骨に態度を変えるのは、
良い傾向とは思えない。
そんな嫌な子供に育てていいはずがないと、 
ジョーカーにしては珍しい正論にスタンが首を振った。
「違う。」
「なにが違うのさ!」
今、怒らずして何時怒るのか。
強く主張するアサシンを押さえ、
技術士はゆっくりと言った。
「ただ単に、食い飽きた。」
「もー おなか、いっぱいー」
その言葉通り、キィはスプーンを投げ捨て、
椅子から滑り落ちるように降り、とっとと逃げ出した。
スタンも席を立ち、汚れたコップをカオスに手渡すと、
その後を追う。
二人が二階へ上がっていくのを眺め、祀が呟いた。
「タイミングの問題だったみたいっすね。」
「いーよ、もう。なんでも。」
真剣になって怒った分、ますます馬鹿らしくなり、
ジョーカーは机に突っ伏した。
ついでに、カオスが置いた皿の残りに手を伸ばし、
口に運ぶ。
「っていうか、二階でなにやってたのさ。」
ケーキの残りで口をもごつかせながら問う彼に、
祀が肩をすくめる。
「ケーキの試食っすよ。」
「旨かったで。」
敦がすぐに付け加えたとおり、今日も美味しい。
「じゃあ、カオスさんはなにをご立腹なのさ。」
ケーキの出来が悪かったわけでも、
酷評されたわけでもないのに、
魔術師は一体なにを怒っているのか。
この質問には、皿を洗いながら本人が答えた。
「使えねえんだ、こいつらが! 敦が特に!」
「なんでやねん。」
名指しの非難に拳闘士が憮然としたが、
そんなことを気にするような魔術師ではない。
「なにが、どうしたのよ。」
機嫌の悪いカオスからは待っていても答えがこないのを、
ジョーカーはよく心得ており、重ねて聞いた。
「一体、二階で何をしていたわけ?」
「お前が食ってるほう。」
水に濡れたままの手で、
魔術師がアサシンの食べ欠けのケーキを指さした。
「これがどうかした?」
「そっちが、牛乳の代わりにチーズを混ぜ込んだ方。
 もう一つの皿が、ヨーグルトを混ぜた方だ。」
カオスが机の上を指さすもう一つの皿のケーキを、
ジョーカーは手に取り、食べてみた。
こちらも美味しい。
「それで?」
「それをこいつ等に食わせたんだが、これが酷い。」
カオスの説明に、祀と敦が揃って頷く。
「旨かったっす。」
「美味しかったで!」
こぞって出来を誉める二人の何が酷いのか、
魔術師が言わんとしていることを掴めず、
ジョーカーは続けて訪ねた。
「それで?」
その問いを無視し、カオスは敦と祀に聞いた。
「どっちが旨かったんだ、お前等?」
「さあー?」
「どっちも同じように美味しかったっすねえ。」
不思議そうに首を傾げる二人に、魔術師は怒鳴る。
「これだよ! 本当に役に立たねえ!
 何を食わせても旨いという!」
「そりゃ、確かにモニターとしては今一ですな・・・」
趣向を凝らしても、
違いを判ってもらえなければ意味がない。
ようやく、カオスが怒っている理由を理解して、
ジョーカーは頷いた。
しかし、このケーキにそこまで違いがあるだろうか。
彼の疑問に同意するように、敦が問う。
「じゃあ、師匠は違いが判るん?」
どちらも美味しいけれど、
言うほどの違いを感じられない。
自分に判らない差異があるなら教えて欲しいと、
純粋に困った上での質問に、
答えたカオスの態度には、誠実さの欠片もなかった。
「判らねえから、お前等に聞いたんだろ!」
ここまでくると言いがかりに等しい。
祀が憮然として呟く。
「んな、理不尽な・・・」
要は、いつものよく判らない癇癪かと納得し、
ジョーカーは改めて、ケーキをそれぞれ口に入れ、
違いを探した。
「言われてみれば、
 確かに、ヨーグルトの方に酸味が残っているような?」
そして若干、チーズの方が味が濃い気がする。
どちらが良いかは好みの問題かもしれないが、
これなら、自分はチーズの方がいいと伝えると、
カオスは胡散臭そうに言った。
「先入観からくる、気のせいじゃねえの?」
祀も頷いて、それに追従する。
「イメージは重要ですからな。」
「感想言ったのに、この扱い!」
一体何のために尋ねたのかと、
ジョーカーが再び憤るのを無視し、祀が言う。
「そもそも、それ以外の材料の分量が違えのに、
 比べる意味、あるんすかね?」
元々、砂糖やバターが目分量である。
味が違ったとしても、
チーズとヨーグルトの違いだと言い切れない以上、
判断基準としてどうなのか問う声を聞き流し、
魔術師は繰り返し、文句を言った。
「ああ、使えねえ。 敦は本当に使えねえ!」
「なんやの、その限定。」
祀による当然の指摘も、ジョーカーの感想も放り投げ、
自分だけを責めるカオスに、敦が強い不快を示す。
それでも、魔術師は謝るどころか、
冷静にきっぱりと言った。
「俺は基本、お前のこと好きだけど、
 時々、思いっ切りブン殴りたくなるんだ。」
「ああね。」
知らない者からすれば、一欠片も筋の通らない主張に、
何故か祀が納得する。
「ちょ、祀まで同意せんといて。」
親友であるはずの祀がよく判らない理由で、
あっさりカオスの側についてしまい、敦は愕然とし、
返事の代わりに石つぶてまで飛んできた。
「痛った! 部屋の中で石投げは禁止やって、
 言われとるやろ!」
「残念でしたー これは石じゃなくて、
 よく弾む、スーパーボールだから問題ありませんー」
非常に生意気な態度で友人を切り捨て、
祀はポケットから取り出したいくつかのボールを、
見せつけるように弄んだ。
追加攻撃がくるものと判断し、敦が蹴るように席をたち、
ゆっくりと祀もそれに続く。
部屋に冷たい緊張感が走った。
「やめてよ、喧嘩は禁止だって、
 あれほどテツさんに言われてるでしょ!」
自分を棚上げでジョーカーが制止するも、
全く意味を持たず、祀は右手を降りかぶり、
敦が即座に防御魔法を張る。
「降り懸かる刃を、打ち落とせ、“ガルフウィンド”!」
「甘いわ!
 かき消せ、“バーグ”!」
敦の呪文により、立ち上がった魔法の風は、
祀の投石をはね飛ばすはずだったが、
横からカオスが打ち消したため、
再びボールが額を直撃した。
「痛った! なにすんねん、ドアホ!」
「俺に魔法戦を挑もうなんざ、
 100万年早ぇんだよ!」
「挑どんどらんし! 
 自分らが勝手に喧嘩売ってきとるだけやろ!」
かの魔術師相手には、防衛すら許されないのだろうか。
敦の主張を無視し、カオスは悠々と指示する。
「まだ、余裕あんな。
 祀、追加攻撃。補助は任せろ。」
「ラジャーっす。」
祀が頷き、ポケットからボールを取り出し、
諦めて、ジョーカーが机の下に避難すると同時に、
戦闘が再開した。
祀の投石技術はかなりのものだが、
敦も素直に的になるほど鈍くない。
防御魔法はカオスが無効にしてしまうため、
避けるしかなく、部屋中に3人が走り回る音と、
ボールが壁にぶち当たる音が満ちる。
「もー 嫌になっちゃう。」
しっかり確保したケーキの残りを食べながら、
ジョーカーはぼやいた。
狩りに出かける前ではあるまいし、
一体、祀はいくつ投げる物を持ち歩いているのか。
弾切れの気配が全く見えないのに加え、
カオスが補助魔法を挟むので、状況は一方的だ。
「全くカオスさんったら、どちらかだけでも酷いのに、
 黒白両方の補助魔法使うとか、反則だよ。」
敦には悪いが、自分じゃなくて本当に良かったと、
机の下でジョーカーは我関せずを決め込んだ。
どたんばたんと、鳴り響く音に首を竦めながら、
一体何時終わるのかとため息をついた矢先、
戦況に変化が訪れた。
バシンと、それまでと違った音がする。
「いい加減にせんかい!」
飛んできたボールを、敦が拾った雑誌で打ち返したのだ。
ヒューと祀が口笛を吹く。
「面白ぇ、三振に打ち取ってやらあ。」
「あんまり、ワイを舐めんな。」
飽くまで飄々とした態度を崩さず振り被る祀に、
切れた息を押さえて敦が牙をむく。
元々この二人は親友であると同時にライバル関係にある。
一方的な攻撃ではなく、真っ向勝負の形となった今、
それまでとは似て異なる緊張感が辺りを包んだ。
雰囲気が変わったのを感じ、
机からジョーカーが顔をを出したのと、
祀がボールを投げたの、
そして玄関の戸が音を立てて開き始めたのが、
ほぼ、同時であった。
バシンと雑誌がボールを打ち返した良い音が響く。
「ただい・・・」
外出から戻ってきた鉄火が、帰宅を告げようとしたとき、
敦が打ち返したボールが狙ったように飛んでいき、
彼の額にビシリと当たった。
あまりのことに、皆、固まってしまう。
気まずい沈黙の中、
ころころと転がっていくボールを拾い上げ、
だいたいの状況を理解した鉄火が口を開いた。
「お前等、何をやって・・・」
「止まるな! 追加射撃!!」
怒りに満ちた彼の言葉を、すかさずカオスが遮る。
「撃て!」
『わー!!』
カオスが鉄火に向かって振りおろした右手に応え、
祀がポケットの残り、敦が落ちたボールを拾って、
次々と投げつけた。
「こら、なにしやがる!」
通常ならば、鉄火も大人しくやられはしまい。
しかし、投手からの距離は短く、球は速く、
三対一による集中砲火の前では動くことはできず、
防戦一方となり、終には膝を突いた。
それを見て魔術師が右手を挙げ、制止の指示を出す。
「撃ち方、止め!
 敵は怯んだ、今のうちに裏口から退避!!」
『イエッサー!!』
それまで繰り広げられていた争いが嘘のような連携で、
三人揃って勝手口から逃げ出していく。
当然、その後を怒声をあげて鉄火が追う。
「待ちやがれ、手前ぇら!!」
瞬く間に鉄火の姿も消え、
その殺気に当てられたジョーカーは、
ブルブルッと体を震わせた。
「怖ぇー いつもながら怒ったテッカさん、怖ぇー
 そして、その火に油を注ぐカオスさん、パネェー」
「そう言われるほどでもない。」
完全に独り言のつもりであった呟きへの返事に、
ジョーカーは文字通り、飛び上がった。
「ちょっと! いつの間に戻ってきたんですか!」
裏口からでていったはずが、次の瞬間、隣にいたのだ。
アサシンの驚きは当然だが、悲鳴に近い質問に、
当の魔術師はどうでも良さそうに応えた。
「出ていったと見せかけて、戻ってくるのは定石だろ。」
「それにしたって、早すぎるんですよ!」
「まあ、ああなったら鉄火は敦を追いかけるからな。
 なんの問題もない。」
逃げるのを止めるのが早すぎると、
言ったわけではないのだが、
追いかけてくる者が居ないのであれば、
確かに走り続ける必要もない。
結果的に敦が一番痛い目を見ることになった展開と、
それが当たり前のように言うあたり、
もしかしてカオスは最初から、
こうなるよう計算していたのではとジョーカーは疑った。
「それにしても鉄は、
 何でああ、タイミングが悪いかね?」
自らにかけられた疑惑を知ってか知らずか、
魔術師はさも不思議そうに首を傾げた。
その白々しさがますます怪しいが、裏付ける証拠はない。
「さあ、どうしてでしょうな。」
仕方なく、釈然としない面もちで答えたジョーカーに、
カオスは倒れた椅子を持ち上げながら言った。
「ま、いっか。
 さて、部屋を片づけるぞ。」
「ええー 我が輩もですか?」
不平の声を上げたアサシンに、
魔術師は呆れた顔で肩をすくめた。
「当たり前だろ。」
「もー 始めから、散らかさなきゃいいのに。」
余計な騒ぎばかり引き起こしてくれちゃって。
ぶつぶつ言うジョーカーを、
カオスはお互い様だと鼻で笑った。
「紅玲に怒られないためだ、諦めろ。
 鉄火はどうでも良いけど、あいつは怖いからな!」
「どんだけ弟子に弱いんですか。」
文句は言ったが、確かにあの女弟子は怒らせたくない。
仕方なく、アサシンは魔術師とそろって部屋を片づけた。

それから、毎日のようにカボチャのケーキは作られた。
カボチャを適当な大きさに切り、蒸す。
蒸しあがったら皮を綺麗に取り除く。
下処理が終わったら、砂糖、バター、卵、牛乳と共に、
ミキサーに入れ、滑らかになるまで攪拌する。
固まりがなくなったら、型に入れ、
小麦粉を大さじ3杯ほど足し、切るように混ぜ合わせる。
小麦粉がよく混ざったら、
型を机に落とすように叩き、空気を抜く。
抜けたらオーブンで焼く。
この作業が繰り返された。
分量はもちろん、時折、材料にも変化があり、
香り付けにシナモンが入っていることもあれば、
リンゴを薄く切ったものが乗せられている時もあった。
黙々とケーキを作り続ける魔術師に、
弟子の白魔導士が不安げに訪ねる。
「師匠、何かあったんですか?」
「なにが?」
顔も上げずに答えたカオスは淡々としており、
特別変わった様子はない。
確かに嫌いなはずの料理を毎日行うのは変だといえるが、
彼は何かと凝る質だ。
そんなにおかしいことでもないと思う。
紅玲の心配はどこからくるのか、
ジョーカーは訝しく思い、首を傾げたが、
その理由を自分が知っているような気がした。
「なにがって・・・
 何か、嫌なことでもあったんじゃないんですか?」
先ほどより、強い口調で紅玲が訪ねる。
さっぱりして男勝りな彼女には珍しく、
感情的なものを含んだ物言いに、
カオスはようやく振り向いて、
「ああな。」と、言った。

「別にお前が気にすることじゃない。
 いつものことだ。」
「でも・・・」
簡単に拒絶され、不安と不満の入り交じった様子で、
白魔導士は言いよどんだが、最後には諦めて首を振った。
「あんまり、抱え込まないでくださいよ?」
「わあってるよ。」
面倒そうに片手を振って答えるカオスに、
紅玲は泣きそうな顔をして、その場を立った。
勝ち気な彼女があんな顔をするなんて。
その背を見送って、ジョーカーはふと、気がついた。
ああ、そうか。
皮肉などが混じったものはまだしも、
魔術師が笑うのを、ずっと見ていない。
一体、何時からだろう。
紅玲の問いを、カオスが肯定したのが気にかかる。
それまで食べていたケーキの欠片が、
急に重たくなった様に思えて、
ジョーカーは右手のそれを眺めた。
鮮やかな黄金色。
間に挟まれた白いチーズがコントラストになって、
目に栄える。
今日はシナモンなどの香料は入っていないが、
良いか否かは好きずきだろう。
意を決して、一口に押し込むと、
無理矢理飲み込んで、アサシンは言った。
「カオスさん、本当に、大丈夫ですか?」
「ああ?」
純粋な相手を思いやる気持ちからの言葉に、
魔術師は、少し驚いたように目を見開いた。
そのまま、考えるように小首を傾げ、
ため息混じりに答える。
「お前に心配されるほど、落ちぶれてねえよ。」
「あ、そう。」
いつもと言えば、いつも通り、
あっさり切り捨てられたジョーカーは、
憮然として、座っていた椅子を大げさに揺らした。
「それならいいんですけどー
 あんまり、クレイさんに心配かけないでくださいよ。」
彼女こそ、あまり元気じゃないんだからと、
悪態をつくアサシンをうるさげに魔術師は振り払った。
「わかってるよ。あと、お前にもだろ。」
いかにも鬱陶しそうなカオスの態度に、
ジョーカーは頬を膨らませたが、
とりあえず、お互い、言いたいことは伝わった。
「じゃあ、ボクは部屋に戻りますから、
 お皿、片づけておいてくださいね!」
「だったら、流しまで運ぶぐらいしろよ。」
鼻息荒く、アサシンは二階へ戻り、
文句を言っても、魔術師は皿を片づけた。

ジョーカーが再びカボチャケーキを口にしたのは、
それから2日後のことである。
今日はキィの誕生日で、
ユーリが腕に寄りをかけて、ご馳走を作ってくれた。
小さな唐揚げに、果物入りのヨーグルト、
チーズとミニトマトのサラダなど、
色とりどりの皿の中身は、自分の好きなものばかり、
加えて父親が、お気に入りのケーキを、
作ってくれたとあって、
小さい人のご機嫌は最高潮だった。
「はっぴばーすでー つー みー
 はっぴばーすでー つー みー」
自分でお祝いの歌を歌い、スプーンを振り回す様子に、
呆れてユッシが突っ込みを入れる。
「To Meって、なんだよ。」
「良いだろ、別に。ユッシは黙ってろよ。」
間違っちゃいないとノエルが咎め、
後ろから喧嘩をしないよう、クルトに制止される。
今日はきちんと、大人分のケーキも用意され、
大喜びでアルファが楽器を弾けば、併せてポールが歌い、
祀と敦がどちらの皿の中身が多いかで揉めて、
鉄火に叱られ、
ユーリと紅玲がきっぱりとアルコール禁止を宣言し、
フェイヤーが悲鳴を上げた。
今日は普段寮住まいの紅玲の養子まで来てるとあって、
小さい子供が騒ぎあい、何時も以上に賑やかな、
お祭り騒ぎとなっている。
次々と机に並べられるご馳走を前に、
待ちきれず、アルファが問う。
「ねえ、まだ始めないの?」
これにはポールが困った顔をした。
「ヒゲさんが、まだきてないんですよ。」
全員参加となるには白魔導士が一人足らない。
しかし、約束の時間はとうに過ぎている。
別に住居を構える相方の不在に、ジョーカーは言った。
「いいよ、別に! 先に始めちゃおう。
 どうせあいつはいつも1時間は遅れてくるんだから!」
「そうねえ、お料理も冷めちゃうし。」
「ヒゲ氏の分は別に取り分けてあるから大丈夫でしょ。」
眉尻を下げてユーリが小首を傾げ、
紅玲もジョーカーに同意したのを期に、
パーティが始まった。
ろうそくに火が灯り、電気が消され、
誕生日の歌が歌われる。
何とか、小さい人が最期の炎を吹き消すと、
盛大な拍手が起こり、キィは満足げにフシシと笑った。
そこへヒゲが大きな音を立てて飛び込んでくる。
「遅れました! すんません!」
「遅いよ、ヒゲ氏。」
「もう、ろうそく、吹き消しちゃいましたよ。」
口々に責められて、白魔導士は肩を落とした。
「ぐふぅ、一生の不覚・・・
 きいたん、間に合わなくてごめんね!」
「いーよ。ヒゲちゃん、早くご飯食べよう。」
一つ大きくなった嬉しさが寛大にさせているのか、
キィはにこにこと、ヒゲを席に誘った。
遅ればせながら、ギルドメンバー全員が揃い、
楽しい夕食が始まる。
わいわいと、銘々好きなものに手を伸ばす中、
ジョーカーはこっそりと、カオスに耳打ちした。
「結局、
 きいたんの誕生日ケーキの練習だったんですか?」
「んー まあ、大体そんな感じ。」
ユーリがよそってくれるご馳走に気を取られ、
上の空で答えるカオスに、ジョーカーは嘆息した。
この分なら、大丈夫そうだ。
「全く、心配して損した。」
尤もそんなのは取り越し苦労に越したことはない。
それより自分も食べようと、
アサシンはフォークを手に取った。
そこに魔術師が思いだしたように声をかける。
「そう言えば、気がついているか、ジョカ?」
「え、なにが?」
焦点の不明な質問に、
ジョーカーが目をぱちくりさせたのを見もしないで、
カオスはさらりと言った。
「お前、太ったぞ。」
「えっ、マジで?!」
突然の指摘に、ジョーカーが大声を上げ、
皆、振り向いたが、お互い顔を見合わせて頷いた。
「確かに太ったね、ジョカ君。」
「言われてみれば、心持ち、顔が丸くなってますね。」
「んだ。」
「マジでー!!!」
ノエルとポールが揃って言い、
無口なスタンにまで肯定されて、ジョーカーは絶叫した。
「あり得ない! 瞬殺と高速移動を得意とする、
 アサシンであるこのボクが太るとか、あり得ない!」
「ケーキ作る度に、律儀に食ってたからな。
 一食毎の量は少なくても、食べ続けりゃ、
 そりゃ、太りもするだろ。」
唐揚げをほおばりながら、
カオスが指摘するのを放り投げ、
ジョーカーは体重計のある洗面所に走った。
程なく、悲鳴が聞こえてくる。
「嘘だ! 5kgも増えてる!!」
「おい、ジョカ、後にしろ!」
食事の最中になにをやっているのだと鉄火に叱られ、
ジョーカーはすごすごと肩を落として戻ってきた。
「もー あり得ない。ボク、ダイエットする。
 明日から、本気を出す。」
「いいから、席に着けよ。」
クルトにも叱られたジョーカーが席に戻るのを見ながら、
子供たちまでが呆れた顔をした。
「おぎょうぎ、わるいねえ。」
「食事中に歩き回るなんて、
 大人の風上にも置けないお!」
キィと千晴は口々に言い、ぷぷぷと笑いあった。
「あい、ちゃおちゃん、どうぞ。」
「きいたん、ありがとう!」
仲のよいことに、魔術師の愛娘は、
自分より少しだけ大きなお兄ちゃんに、
ケーキを分けてやり、
小さい黒魔法使いも、嬉しそうに礼を言う。
早速、黄色いケーキを口いっぱい頬張る子供らに、
カオスが訪ねた。
「美味いか?」
「うん! 凄く美味しいよ、カオスさん!」
「おとうたん、けーき、ありがちょ!」
満面の笑顔を見せた二人に、
魔術師は少しほっとした顔をし、目を細めて笑った。
「そうか、よかったな!」
その様子を横目でちらりと見て、紅玲もクスリと笑う。
「もう、自棄食い! クレイさん、おかわり!」
「程々にしておきなよ、ジョカさん。」
騒ぐジョーカーにおかずをよそってやりながら、
彼女は思った。
今まで背負ってきたものがどれだけ重くても、
この先、なにが起こっても、
今日の事は、楽しかった記憶として輝き続けるだろう。
それで十分だ。
賑やかな秋の夜はゆっくりと更けていく。

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